機械式時計の出現 >>

原始時計の時代

時計の歴史(1)

日時計の発達

エジプトのオベリスク

Obelisk

その昔、人は天体の運行や季節の移りかわりなど、自然のリズムから時間の流れを知り、暦を作り、さらに時計を作り出しました。

紀元前3500年頃、エジプト人はオベリスクと呼ばれる方位碑のモニュメントを建て、影の位置で午前と午後を分け、影の長さで季節を知ることができたといわれています。

時刻を知る日時計の起源は、メソポタミア文明(今のイラク)であり、紀元前2000年頃にはバビロニアで昼間を6等分にした日時計が使われていた記録があります。バビロニアに滅ぼされた高度な天文知識を持ったシュメール人が発明した可能性もあります。日時計の指示針のことを「知る」という意味のグノモンあるいはノーモン(gnomon)と呼びます。

エジプト最古の日時計

Egyptian Shadow Clock BC1500

発掘された世界最古の日時計は、紀元前1500年頃のエジプトの日時計です。中心に5つの目盛を持つT字型をしています。朝、横木を東に向け、目盛にかかる影で時刻を知ることができます。正午には逆方向の西に向け、午後の時間を知ることが出来ます。エジプトでは太陽が出ている時間を12分割(昼間の10時間と日の出と日の入りの2時間)した不定時法が用いられていました。

紀元前600年にエジプト人が発明したメルクヘット(merkhet)は古代の天文観測器(astrolabe)で、北極星に向けて2地点の指示棒を一直線に並べることで南北の線を正確に知ることができました。このため、ピラミッドを建設する方向をより正確に決めることができましたが、南北の子午線の上をいつどの星が通過するかを調べることで、夜の時間を知ることができたともいわれています。

ギリシャの日時計

Sundial

紀元前500年頃の古代ギリシャでは天文学が進歩し、精度の高い文字盤付きの日時計が使われるようになりました。歴史家ヘロドトス(BC484-425)はバビロニアから日時計が伝えられたことを記録しています。古代ローマには、紀元前263年に征服したシシリー島のカターニャ(北緯37.30度)から日時計もたらされましたが、当時は経度による太陽の高さの違いが知られていなかったため、ローマ(北緯41.54度)では100年間も間違った時間が使われていたといわれています。その後、日時計は古代ギリシア、ローマで改良され、公共の広場にも日時計が設置されるようになり、一般の人々にも時間の概念が広く浸透するようになりました。ローマ帝国の初代皇帝のアウグストゥスは、直径1インチの携帯用の日時計を使っていました。紀元前30年にウィトルウィウス(Vitruvius)は、ギリシア、小アジア、イタリアで使用されていた様々なタイプの日時計を記録に残しています。

水時計の発明

夜や曇りの日でも時間がわかるように、古代バビロニアで水時計が発明されたといわれています。紀元前1500年ごろのエジプトのファラオ、イムホテップの墓からも古代の水時計が発掘されました。

水時計クレプシドラ

Greek Clepsydras

紀元前350年頃の古代ギリシアでは、水時計は「水を盗む」という意味のクレプシドラという名前で呼ばれ、法廷などでは短い時間を計るための小さい水時計も使われていました。紀元前250年には、アルキメデスが水時計の仕組みを利用して、水力で太陽や月が動く三球儀というプラネタリウムの原型を作ったといわれています。

日本の水時計 漏刻

Japanese Roukoku

一方、中国では紀元後200年から1300年にかけて、大掛かりの水時計が製作され続けました。中でも、1092年の北宋時代に建設された水運儀象台と呼ばれた巨大な時計は、脱進機と歯車が連動し、時刻の他に、天文観測やカレンダーなどの機能を持っていました。

日本では671年4月25日、後の天智天皇、中大兄皇子が漏刻(ろうこく)という水時計を設置したことが日本書紀に記録されています。このため今の暦に直した6月10日が「時の記念日」に制定されています。

その他の時計

水時計も水が蒸発したり凍ってしまう場合もあります。このような問題を解決したのが、水時計の仕組みを応用した砂時計でした。4世紀にフランスの僧ルイトプランドが発明したとされています。実際に使われだしたのは、砂を入れるガラスの技術が進歩した13世紀からです。この頃には正確な砂時計が、教会や裁判、個人の書斎の他にも、航海の船にも持ち込まれました。

9世紀には、燃焼系の時計、火縄や線香、蝋燭の燃える量やアルコールランプのアルコール使用量を利用した時計が使われるようになりました。

しかし、17世紀までは、日時計が一番正確な時計でした。今でも、各地で中世の建物の壁や広場等に見ることができます。時計の針が右回りなのは、影が右回りの北半球で時計が発達したからというのが定説です。

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